野生イネの生物多様性を守る

メコンデルタの肥沃な湿地帯に位置するカントー市フオンビン村のルン・ゴック・ホアン自然保護区は、希少な野生イネの遺伝資源が残る貴重な「緑の宝庫」として知られています。

ルン・ゴック・ホアン自然保護区の科学・湿地保全部の職員が、野生イネの生育状況を調査している様子(写真:NDO)
ルン・ゴック・ホアン自然保護区の科学・湿地保全部の職員が、野生イネの生育状況を調査している様子(写真:NDO)

気候変動や作物病害の脅威が高まる中、ここでの野生イネの生物多様性の保全は、喫緊の課題であると同時に、コメ産業にとって持続可能な方向性でもあります。

未開発の潜在力

メコンデルタの生態学的中心部に位置するルン・ゴック・ホアン自然保護区は、豊かな湿地林生態系を有し、南西部地域の「緑の肺」として知られています。同保護区には、科学的・経済的価値の高い多くの野生イネが今も生育しています。これらの野生イネは生態系のバランス維持に寄与するだけでなく、「生きた遺伝子バンク」として、新たなイネ品種の育種において重要な役割を果たしています。これにより、病害虫や気候変動に強い品種の開発が可能となり、食料安全保障の確保につながります。

ルン・ゴック・ホアン自然保護区の副所長であるレ・タイン・ソン氏によりますと、野生イネは森林や水路沿いに広く分布しているが、面積の計測は行われていないということです。

「水の循環が良い場所では、イネの生育がより活発だ。特に、潮の干満があり、肥沃な土壌が堆積する運河沿いのエリアでは、競合植物が少ないため野生イネがよく育つ」と同氏は説明します。

ルン・ゴック・ホアン自然保護区は、科学者や関係機関と連携し、野生イネの分布状況や生育状況の把握を進めることを提案しています。同時に、適切な生態条件の特定、復元モデルの構築・試験、長期的な管理・保全策の提案にも研究の焦点を当てています。

科学技術研究プロジェクトを実施し、それを実際の管理・保全に活用する中で、同保護区の科学・湿地保全部のチャン・ベー・エム部長は、「ルン・ゴック・ホアンの動植物相調査のための科学研究および技術開発」プロジェクトなど、多くの研究事業を実施してきたと述べました。このプロジェクトによりデータベースが拡充され、新種の追加や、不適切な種の除外、湿地生態系に特有な種の記録などが進められました。2015年以降、同保護区の植物リストには、新たに26属19科にわたる981種が追加されています。

現在、同部では現地調査による野生イネの分布調査・個体群の成長モニタリング・報告書作成・地図作成・生態回復区内での1〜2ヘクタールの保全区域の選定作業を進めています。作業内容には、草刈りや区域の清掃、生態系回復のための植栽、手入れ、生育状況のモニタリング、データ収集、そして結果報告書の作成が含まれており、これらが将来的な長期保全方針の基礎資料となります。

新品種開発のための材料

チャン・ベー・エム氏によりますと、毎年4月ごろ雨季が始まると、野生イネの種子が発芽し、背の高い茎、長い葉、酸性土壌を中和し養分を吸収する根を発達させるということです。8月から12月にかけて成長し、大きく直立した穂をつけますが、実は小さくまばらです。成熟すると、実は日光の下で簡単に落ち、水の流れに乗って新たな場所に運ばれ、新しいイネとなります。野生イネは年に一度だけ実を成熟させ、ウンカ類(トビイロウンカ、ヒメトビウンカ)に耐性を持つ遺伝子を持っています。穂は10月に出て、実は11月から12月にかけて徐々に成熟していく点が、同時に成熟する栽培されているイネとは異なります。

メコンデルタ稲研究所副所長のグエン・トゥイ・キエウ・ティエン博士は、この地域には野生イネの発展の長い歴史と豊かな遺伝的多様性があると評価しています。しかし、農業や水産養殖の拡大により、自然の野生イネの生息地は減少し、貴重な遺伝子が失われつつあると指摘しました。野生イネは複雑かつ豊かな遺伝子構造を持ち、多くの野生的特徴を備えており、ウンカ、いもち病、細菌性葉枯病などへの耐性や、塩害・酸性土壌への耐性といった貴重な遺伝子を多数含んでいます。

野生イネは新種開発において重要な遺伝資源となります。野生イネと高収量品種を交配することで、科学者は遺伝的多様性を活用し、適応力の高い新たなイネ品種を創出できます。

「現地保全は、遺伝資源を自然の中で保存する最適な方法だ。したがって、ルン・ゴック・ホアン自然保護区での野生イネの保護は極めて重要な取り組みである」とティエン博士は強調しました。

ソン氏は、ルン・ゴック・ホアン自然保護区が遺伝資源管理とバイオセーフティに関する規定を厳格に遵守し、在来生息地と地域生態系の保全、在来種・絶滅危惧種・希少種の保護、そして外来種や非在来植物による生態系への脅威の監視に注力していると述べました。これらの取り組みに基づき、同保護区は野生イネ生態系の保護・保全に向けた持続可能な方策を提案しています。

保全および研究活動を通じて、ルン・ゴック・ホアンでは生物多様性に関するデータベースが構築され、情報の保存・研究活動・品種改良に活用されています。これは貴重な遺伝資源を保全し、長期的な食料安全保障に貢献する前向きな取り組みです。今日、水の流れに乗って落ちた一粒の野生イネの種が将来、力強く、持続可能な新品種として芽吹く可能性があります。野生イネを守ることは、まさに「いのちの種」を守ることであり、この豊かな土地全体の持続可能な食料安全保障を支えることに他なりません。

農業が日々進化し、新たな品種が次々と誕生していく中で、野生のイネを保全するという取り組みは、一見すると時代の流れに逆行しているようにも見えます。
しかし実際には、こうした原始的な遺伝子こそが、持続可能な食料安全保障への扉を開く鍵なのです。ルン・ゴック・ホアン自然保護区では、表舞台には立たない科学者たちの静かな努力によって、未来に向けた貴重な「いのちの種」が、今日も大切に守り続けられています。

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