ラグライの旋律が紡ぐ神秘のこだま

山々にこだまする石琴(リトフォン)の音色は、ラグライ族の多彩な感情を映し取った旋律を奏でます。漂う雲、吹き抜ける風、恋しさや優しさの情感がそこに宿っています。山から生まれた無数の音色が溶け合い、悠久の昔から続く山々の響きとなって伝わります。

カインソンの石琴(写真:ニューアン・ヴィ)
カインソンの石琴(写真:ニューアン・ヴィ)

かつてのカインホア省カインソン地区の山岳地帯には、ラグライ族の「歌う石」があります。ラグライ語では goong lu または khanh da 、地質学的には流紋岩と呼ばれています。古くからラグライ族は、これらの石が発する音を利用して畑や集落を守ってきました。石を川沿いに配置し、水流で動く小さなハンマーを取り付け、水の流れによって石が叩かれて音が鳴るようにしたのです。この仕組みから、ラグライ族は石琴を作り出しました。

ラグライ民族文化研究者のマウ・クオック・ティエン氏によりますと、石琴はラグライ族の「聖なる魂」とされ、ラグライ族の重要な祭りでは必ず最初に奏でられるといいます。

研究者らによりますと、カインソン石琴の音階は民謡の旋律の音域を模しており、大きく長く厚い石ほど低音を、小さく短く薄い石ほど高音を出します。石琴の名手ボー・ボー・フン氏は石の鍵盤一つひとつに「それぞれの心の状態がある」と語り、まるで石にも感情や魂が宿っているかのようだと表現します。

それぞれ独自の音階に従って響く「石の声」は、ラグライ族の素朴でありながら深みのある叙事詩「アカット・ジュカール」のように、人々を魅了します。漂う雲や吹き抜ける風、恋しさや優しさの情感がそこに宿ります。山々から生まれた無数の音色が溶け合い、果てしない大地から響いてくるかのような、深く古い余韻となって伝わってきます。

石琴はラグライ族の「聖なる魂」とされ、ラグライ族の重要な祭りでは必ず最初に奏でられる。

マウ・クオック・ティエン氏(ラグライ民族文化研究者)

夜の帳が下り、トーハップ川は霧の中で幻想的な姿を見せています。静まり返った山々と森に囲まれた川辺で、私はバン・リン作曲の「Dan oi hat cung ta」の旋律を奏でる石琴の響きに耳を傾けます。そして、マウ・クオック・ティエン氏が静かに歌詞を繰り返します。「…ああ、カインソンの石琴よ/ああ、ベトナムの石琴よ/千年のこだまよ…」。

「この音色は、ボー・ボー・フン氏にしか出せない」。そう言い切るティエン氏の声には、その音色を誰よりも理解している者だけが持つ、揺るぎない確信が感じられます。

どこで聞いていても、石琴はすぐそばにあるように感じられます。高音は森の奥に湧く小川のせせらぎのように澄んでいて、結晶のように透き通っています。低音は、雨を呼ぶ山々がうねり、木々を揺らし、石を動かすような響きです。石の音は、渦巻く風と流れる雲、流れゆく水や漂う木々、果てしない時の中を渡る大森林の息吹のように聞こえます。彼の石琴の音は山々に響き渡り、山や森の精霊、そして祖先たちを呼び覚まし、ラグライの新米の季節の祝祭へと呼び寄せているかのようです。石は、まるでボー・ボー・フン氏とともに泣き、笑っているかのように感じます。

私はこれまで、人民芸術家ドー・ロック氏が石琴で名曲を演奏するのを何度も聴いてきました。低音域であっても音が澄み渡り、胸を打つ響きがあります。かつて故チャン・バン・ケー教授・博士は、石琴の音色を聴いて「この楽器はまるで人間のように感情を表現する」と感じ、ベトナムの銅鼓と石琴のように、文化・芸術・哲学的価値をこれほど深く備えた先史時代の楽器を二つも有する国は他にないと断言しました。

若手アーティストのチョー・ティ・ニュン氏とボ・ボ・ティ・トゥ・チャン氏による石琴のデュエットを聴いたとき、私は驚きました。というのも、彼女たちの演奏には、これまでギターやピアノ、ヴァイオリンでしか聴いたことのなかった繊細なスケールが数多く盛り込まれていたからです。今日では、ラグライの民謡だけでなく、石琴は打楽器マーラー、タレピロイ笛、管楽器ケンバウなど他の楽器とも調和し、さらには西洋音楽の「ハッピー・ニューイヤー」などで聞かれるきらめくチャイムの音色を模した演奏まで可能になっています。

カインホア省文化センター元センター長の音楽家グエン・フオン・ドン氏の研究によりますと、ベトナムで最初に発見された石琴は「ンドゥット・リエン・クラク」と名付けられ、1949年にフランスの民族学者ジョルジュ・コンドミナスによってダクラクで発掘されたものです。ンドゥット・リエン・クラクは研究のためフランスに持ち帰られ、現在はパリの人類博物館に展示されています。

ベトナムを代表する石琴として知られるのは、音の高さや形状・大きさの異なる12枚の石から成り、旧カインホア省カインソン地区のチュンハップ村に属するドックガオ山で、ボー・ボー・レン氏の家族が秘かに守り続けてきたものです。戦争が激化するなかでも、同家はこの貴重な石琴を守り抜きました。考古学者の調査によりますと、これは ラグライ族の石琴で、約2,000〜5,000年前に遡るものと結論づけられています。1979年、ベトナムはカインソン石琴の発見を正式に世界へ発表し、この古代楽器が民族の歴史・文化・芸術において極めて重要な価値を持つことを明らかにしました。

音楽家グエン・フオン・ドン氏は、1979年にカインソンの石琴が発見された後の出来事を振り返ります。当時、彼は芸術家ハイ・ズオン氏、人民芸術家ドー・ロック氏とともに、文化情報省への報告公演のための演奏準備を任されたといいます。その後、カインホア省は伝統音楽・舞踊団を結成し、グエン・フオン・ドン氏は副団長に任命され、演奏用の石琴を作るために“歌う石”を探す道を歩み始めました。
ドン氏によりますと、カインソンの石琴は主にドックガオ周辺で見つかる 流紋岩斑岩 から作られ、これが最も良い音を生むとされ、他地域の石琴とは一線を画す特徴になっているといいます。

カインホア省文化・スポーツ・観光局の資料によりますと、1979年3月16日、カインソンの石琴2組の発見を世界に発表した後、当時フーカイン省人民委員会主席であったマイ・ズオン氏は、この2組を研究のために、音楽家リュウ・フウ・フオック氏(ベトナム音楽学研究所所長、カインソン石琴科学評議会会長)に引き渡しました。同省に属する各機関は、この石琴を用いた公演を国内外で紹介し、学術界から大きな注目を集めました。

カインホア省文化センター元センター長の音楽家グエン・フオン・ドン氏の研究によると、ベトナムで最初に発見された石琴は「ンドゥット・リエン・クラク」と名付けられ、1949年にフランスの民族学者ジョルジュ・コンドミナスによってダクラクで発掘されたものである。

2020年、カインソン郡人民委員会は、ラグライ族の伝統的な水力式石琴3組を復元し、ドックガオ(トーハップ町)、バクムナム社(コミューン)、タインソン社(コミューン)の自然の小川沿いに設置しました。また、音楽家グエン・フオン・ドン氏に演奏用石琴10組の製作を委託しました。

当時、カインソン郡人民委員会主席であったグエン・ヴァン・ニュアン氏は「私たちはラグライ族の伝統音楽の価値を保存し、受け継ぎ、そして発揮していくことを強く決意している。保存を基盤に、カインソンの石琴の価値、さらにラグライ文化全体の価値を継承し、将来の地域観光の発展に生かしていきたい」と語りました。

2023年3月27日、ベトナム国家文化芸術研究院所属の分院本部において、前述の2組の石琴がカインホア省へ返還されました。2024年1月18日には、首相は決定第73/QD-TTgを公布し、カインソンの石琴を国宝に認定しました。

石琴は、ラグライ族の宝であり、彼らの“聖なる魂”でもあります。しかし今日、石琴に情熱を持つラグライの若者は少なく、実際にカインソン石琴を作り、演奏できる人はごくわずかです。それでも、ボー・ボー・フン氏のように石琴の音色に深い愛情を持ち、伝統音楽の情熱をラグライの若者たちに伝え続ける献身的な人々がいるのは心強いことです。

今朝、ボー・ボー・フン氏は早くに目を覚まし、澄んだ石琴の音色で私たちを起こしてくれました。山々と森は霧の中でまだ眠そうにたたずんでいます。昨夜の壺酒の余韻が残るなか、私は、石と山が遠くまで響かせる音に耳を傾けました。ラグライ族の詩的で情感豊かな自我表現の旋律のように、神秘的に遠くまで響き渡っていました。

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